私と仕事と身体の関係 (1)


「あ~ぁ、もっともっと、いたかったね~。。」

雲のじゅうたんを眼下に見下ろし
私とYちゃんは、ゆっくりオレンジジュースを飲みながら
そんなことを言い合っていた。

そう、ここは飛行機の中。
高度1万メートルの世界。

窓際に座っている私の、もうホンの数センチ先には
カーンと晴れた青い空が広がっている。
そのずーっと下に、もくもく~とした真っ白な雲のじゅうたんが
やけにまぶしく見える。

私とYちゃんは、高校時代からの友達だ。
なんでも動いてみて、やってみないと気がすまない私とは正反対の、
じっくりゆっくり決断を下すタイプの彼女。
そんな二人だからこそ、気が合うのかも知れない。


私とYちゃんは学生の頃に果たせなかった夢があった。
「一緒に海外旅行へいこう~」と。

当時、湾岸戦争が勃発しオーストラリアが多国籍軍に加盟した、との
ニュースが世界中を駆け巡ったちょうどそのとき、
私たちはオーストラリア旅行の計画を、今まさに
実行に移そうとしていたのだった。

旅行に行く事を親から反対され・・
海外旅行に不慣れな私たちにも緊張と不安が走っていた。

そんなタイミングの悪さから
私たちはオーストラリア旅行を断念した。
それが学生最後の旅行だったのに。

その思いから6年。
会社員になった二人は、お互いに非常に忙しく
海外旅行など二の次になっていた。

だがひょんなことから、三十路を前にして 
やっと海外旅行に行くことになった。

東京から3時間半・・
私たちにとっては、それは十分な海外であった。

今。。念願だった海外旅行も終わりに近づいている。
成田へむけて 飛行機は順調にとんでいる。

「あー、ほんと楽しかった。」
「もっとこの楽しさが続けばいいのに。」
「明日からまた仕事だ、頑張んないとな。。」


そんな事を考えていたとき、
私の右下腹部にズシーンという、にぶい痛みが走った。

「あ・・あれ・・?」

ズシーンズシーンと痛みはどんどん大きくなり始めた。
冷や汗が出てきた。

さっき食べた機内食に当たったのか?
ううん・・
周りの人たちは何ともないみたい、元気だし。
じゃあ、生理?
ううん、そんな時期じゃない。
じゃあいったい、な・・なんなの?この痛み!

頭の中をグルグルと思いを巡らしながらいると
となりのYちゃんが私の様子に気がついた。

「どうしたの?具合悪いの?だいじょうぶ??」

彼女の問いかけに
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。。ちょっとおなか痛くなってきちゃった。」
「ちょっと・・トイレ行ってくるね。」

そう言って、私はトイレに立ち上がった。

大きく揺れているわけでもないのに
グルングルンと飛行機自体が揺れているような感覚になった。
トイレまでの距離はホンの10メートルくらいなのに
たどり着くのがやっとだった。


トイレに入った瞬間、私は倒れこむようにしてトイレに突っ伏してしまった。
そう・・
強烈な吐き気。

さっきおいしく食べた機内食が、私の胃から全て無くなっていった。
そして吐く物が何も無くなっても私は吐き続けた。

吐き気と同時にお腹も死ぬほど痛い。
強烈に痛い!痛い!!

私はしばらく立ち上がることさえ出来なくなっていた。
その尋常でない痛みに耐えながら
それでも襲ってくる吐き気と腹痛に、機内のトイレの中で
一人座り込んでしまっていた。


「お客様ー。お客様ー。シートベルトのサインです。」
「お席にお戻り下さい。」

スチュワーデスさんの非情な声が聞こえた。

立ち上がれるワケがない!
吐き気とお腹の激痛は、容赦なく私を襲う。

「お客様ー!お客様ー!!」
ドンドンドン!と トイレのドアをたたく音がする。

「あー、ダメなんだ。。ここにいちゃ。。」
冷や汗を垂らしながら、やっと立ち上がりトイレのドアを開けた。

「シートベルトのサインです。お席にお戻り下さい。」
涼しい顔をしたスチュワーデスが 私にあっという間に言い放った。


「あぁ。。スチュワーデスさん。。
全く私の様子を分かってくれてないみたいね。。」

なんだか悲しくなりながら、ほんとーに悲しくなりながら
ヨロヨロっとYちゃんの待つ席に向った。

乗客のほとんどが、すでにシートベルトをし
席についていた。
まだ席についていないのは、私くらいのものだった。

ヨロヨロと席に戻ると、Yちゃんがびっくりして私に言った。

「どうしたの?!顔が真っ青だよ!!」

お~~、友よ。。
分かってくれたかぁ。。
この状況の中でも、このときだけは嬉しかった。
だって。。スチュワーデスさん、全く気がついていないんだもん。

よく・・、テレビドラマの中でとか、急病人が出たりした時、
「だれかお客様の中にお医者様はいらっしゃいませんかー!?」にたいな。。
そんなシーンってあるじゃない??
私もこの状況、一応、重病・・とまで行かなくても
これは「急病」だと思うのよね。
この猛烈な吐き気に、お腹の激痛。

これが「なんともないですよー」って事はぜーったいにないはず!
あまりにも苦しすぎるよ。

そんなバカな期待を頭の片隅でほのかに抱きつつ
心配そうなYちゃんに向って私は言った。

「うん、そうなの、苦しいの、今にも吐きそうだし
お腹も痛いの。。」
そう訴えるしかなかった。


その後、シートベルトサインが消え、
私は再びヨロヨロとトイレに向った。

この後、シートベルトサインが消えるとトイレに向かい
サインがつくと、真っ青な顔をして席に着く・・という行動を
私は成田までの1時間半、繰り返す事になってしまった。

*****

飛行機が成田に着いた。
吐き気やお腹の激痛は、ずっと続いている。

Yちゃんが気を使ってくれて、ゆっくりゆっくり立ち上がることをしていたら、
機内から降りる最後の乗客になってしまった。

ゆっくりゆっくり。。
到着ゲートまで 1時間以上かけながら戻っていった。
戻りながら私は、ずっとこんなことを考えていた。

「悲しい。。悲しすぎる。。
せっかくの旅行だったのに、最後にこんなことになっちゃうなんて。」

「Yちゃんにも悪い事しちゃった。。せっかくの旅行だったのに。。」

「なんとかだいじょうぶなようにならなくちゃ、彼女に悪いわ」


自分の身体が異常を訴えているさなかでも
私は「迷惑をかけている自分」がいやだった。
そんな自分を責めていた。
自分に何が起きているのかよりも、周りに対する「迷惑」の方が悔やまれた。


やっとの思いで京成ラインで上野まで戻る事ができた。
電車の中では、冷や汗と激痛が交互に襲ってきた。
もう・・体力の限界。
これ以上動けない・・。

上野に着いたとき、
そんな私の様子を見ていたYちゃんが
救急病院を探してくれた。
駅からホンの数分のところだったと思うが、歩けないのでタクシーを使った。

「う~ん、疲れか・・ストレスですね。」
医者の診断が下った。

「あの~、お腹が痛くて痛くてどうしようもなかったんですが・・」
このときの私は、ようやくお腹の激痛が和らいだときだった。
痛みは落ち着いたが、あの激痛のズシーンという感覚は
今も右下腹部に残っている。

それが・・ただの疲れ?ストレス?

「そりゃ先生!おかしいよ!」
そう思ったけど、口には出せなかった。
ただただ、「そうですか・・」とうなづいて、鎮痛剤を処方してもらうしか
出来なかった。


ただのストレス・・
ただの疲れ・・
あの痛みが、その理由???
そんなワケないじゃん!って何度も何度も
心の中で思うのであった。


私は、身体がこんな状態になっている時まで
「思っていること」を言えないでいた。

自分が感じる事を。。このときは身体について、ヘンだと思ったのだから
お医者さんに聞いたっていいって今は思うのに
このときは聞けなかった。
自分の「本心」を言い表せない自分にイライラし、葛藤した。


次の日の仕事は休むしかなかった。
正確に言えば、帰ってきてから3日間動けないでいた。

友人のYちゃんは、救急病院からずっと付き添ってくれ
次の日までうちに泊りがけで看病してくれた。


ありがたかった。。
人のやさしさが本当に身にしみた瞬間だった。
一人だったら、どんなになっていたか・・。

だが。。。
そんな反面、私はどこかで
「彼女に悪い・・」
「迷惑かけた・・」
そんな気持ちがあった。

「人に迷惑をかけちゃいけない」
「人に負担をかけちゃいけない」

無意識を占領するこの声に気がつくのは、それからずっと後のことだが
私はこの時、友人のせっかくの好意を 実は受け取っていなかったのだ。
人の好意を心から受け取れるーという事が出来ずにいたし
受け取り方が分からなかったのかも知れない。

ありがたいんだけど、悪い気がする。
悪い気がするけど、ありがたくもある・・。

こんな入り乱れた気持ちで、3日間があっという間にたった。


「まあ~、先生がストレスとか疲れって言うからそうなんでしょ。」
言われた事を信じ、自分の身体の調子に気を配る事もなく
私は他の病院に行く事をしなかった。

ただただ3日間寝続けて、動けるようになるのを
待つだけだった。


(2)へ続く。。


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