私は苦しさから学ぶことをもうやめました

~さらにいただいたメールより~


みどりさん



引き続き、Hです。

今日は天気がよくて気持ちよかったですね~。

うちのT(○○です。8歳の長男です)が、おとといからスキーに行っているので、昼間に近くの□□公園に出かけてきました。顔をあげると、梅ヶ丘の高架にロマンスカーが行き来する姿が見えて、私の大好きな場所です。



昨日、Gちゃんに書いた手紙を思い出しながら、もうすっかり散った梅林の中でコーヒー飲み飲み、日記を書いていました。



今までの私は苦しみから学ぼうとしていたことはメールにも書きましたが、自分が望んでいないことも学ぶ機会だから受け入れるしかない、と従ってきたように思います。

2回の結婚生活もそうでした。

これは天の配剤なんだと言い聞かせて、自分が望んでいない結婚をわざとして、その人を受け入れていくことが自分の課せられた修行のように思っていました。

でも、自分が望んでやっているわけでないのだから、苦しくて、静かに自分が死んでいくような気がしていました。



だから、2回の離婚で何も学べていない自分が腹立たしく、課題が果たせていないダメな人間だと落ち込む一方だったのでしょう。ややこしいことこの上ないです。

でも、Gちゃんにはそれまで自分がしてきた役割意識も、下手な演技も駆け引きも必要ありませんでした。

それは、彼が素直な人だったから。私の気持ちにまっすぐ光を当ててくれるような人だったからだと思います。





先日、駅の改札で待ち合わせていた時のことです。

仕事で少し遅れるとの連絡は受けていたのですが、花見客であふれる改札口で10分、15分と待つうち、ふと、私はこうして永遠に待ち続けているような気がして、一人で置いて行かれた子どものようだ、と泣きそうな気持ちになっていました。



でも、遠くから人ごみを縫うように駆けてくる彼を見て、どうしてこの人はいつも向かい合おうとしてくれているのだろう、と、もっと泣きたくなって。

彼の、いつも、誰かのために一生懸命になる姿は、本当に尊敬しています。

Gちゃんが、見返りを求めるのでなくただひたすらに愛していくことで強くなれ、優しくなれることを教えてくれたので、私は苦しさから学ぶことをもうやめました。

誰かのために一生懸命になることで得られる心強さを教えてもらって、やっと私は息を吹き返したような気がしています。



そんなことを、今日の日記に書きました。

私の守護霊は父方の曽祖父だ、と人に言われたことがあるのですが(もー、スピリチュアルがとまらない私です)、□□公園からの帰り道、ひいおじいちゃんに、こういうことだったんですね、私、気づけたんでしょうか、と心の中で問いかけると涙があふれてきて。

ああ、よかった。私、気づけてよかった、と泣きながら、町内を自転車で爆走してました(笑)。

みどりさんや、Gちゃんや多くの友人たちのおかげで、ここまで辿りつけたこと、本当に感謝しています。



もうすぐTが帰ってきます。

今日は大好きな餃子を作って、スキーのみやげ話を聞くつもりです。

この2日間淋しい一人暮らしだったので、お布団で絵本を読みながら、ぎゅーぎゅー抱きしめちゃいそうです。



それではまた。


(30代 会社員 女性)


~みどりより~





Hさん、すてきなご報告、本当にありがとうございました!

そう。。

苦しみから学ぶ必要は、もうないんですよね^^



今までいっぱいの苦しみ・苦労があったと思います。

その苦しみをいっぱい経験したからこそ、今の気づきや喜びが何倍にもなって感じられるのかも知れません。

でも・・、それはもういい。

気づいたからこそ、もういいって、苦しみを「手放せた」のかも知れませんね。



日常の中で、実はたくさんの「気づき」がやってきています。

自分の心に向かい合うと、たくさんのことに気づけるようになっていきます。

これからもまた・・いっぱい気づきがやってくると思いますよー^^

日記などで振り返るのも、気づきを促すひとつですね^^


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